地の果ての見たこともない夢 ...... 03
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 まるで屋敷のように重厚な造りの、立派な宿だった。
 都にある本物の格式高い遊郭はこんな感じなのだろうか、とナルトは辺りを窺う。
 目隠しされた小窓の向こうの人影と二、三言葉を交わし、自来也は更に何枚かの札を追加した。長期滞在を申し出たのだろう。使い慣れた宿、と言うのは、そういうことを指すらしい。奥へ歩き出す師の背中を追って、ナルトは長い廊下を進んだ。
 行きついたのは、庭付き三間続きの豪勢な部屋だった。黒光りする漆塗りで統一された建具に、磨き上げられた板間、その上に設えられた畳。
 面した庭には刈り込まれた植木や岩池が眺め良く配置され、黒い格子戸と幾重にも垂らされた御簾や屏風が外からの光を遮っている。
 その向こう、薄暗く見え隠れする緋色の寝具と、二つ並べられた枕が、逃げ出したくなるくらい淫靡で、ナルトの視線はその眺めに釘付けになった。備え付けられた大きい鏡に、遠く、小さく映り込む自分と眼が合って、慌てて視線を逸らす。
 自来也は書斎で荷を降ろし、旅装を解き始めた。縁側に向かって置かれた広い文机が映える。これが目的だったのか、と一目で分かった。彼はそこで原稿に向かうつもりなのだろう。
 なるほど、下手な旅館よりずっと居心地は良さそうだ……あの恥かしい寝室さえなければ、と、ナルトは現状を把握する。
 飲み物を探して居間を見回した。備え付けの湯沸かしや茶道具が目に入ったが、ナルトはテーブルの上に拡げられた食事のメニューに興味をそそられて近付いた。早速、手に取ってみる。
 が、その背後から腕が伸びた。
 身構える隙もなく、背中から抱き締められる。メニューを開き掛けた指を剥がされ、取り上げられた。
「え、えっ?」
 簡単に身体を抱え上げられてしまい、自来也は御簾をくぐってまっすぐに寝室へ向かう。
 降ろされ、横たえられた絹地は、その色の派手さ以上にずっしりとした上質の肌触りだ。
「……もうすんの?」
「ああ」
 自来也はナルトの意志の確認など取らない。有無を言わさず覆い被さってくる。
 瞼に、頬に、鼻先に、と雨のように降り注ぐ唇を受け止めながら、ナルトは息を細くした。


 前に抱かれたのはいつだっただろう。思い出してみるが、間が開き過ぎていて、日にちを数えることは出来なかった。
 機会はそれほど多くない。月に一、二回、あればいい方だ。
 もう少し多くてもいいのに、とナルトは思う。そんなに毎日こういう気分になるわけではないが、年齢が上がれば、どうしたって欲求は強くなってくる……その、当たり前のことが自分の身体にも起こっているのを、最近は実感していた。
(今日はたくさんしてもらえんのかな。いっぱい甘えて、いいかな)
 こうしている間だけは、いつもの自分という殻を破って、何も考えずに素直に縋りつきたい。
 添うように横になった腕の中に、深く抱き寄せられて、ナルトは目の前の厚い胸に身を擦り寄せた。自来也はすでに部屋着の作務衣に着替えていたので、その襟元に手を掛けて乱すのは楽だった。目の前の肌に、顔を埋める。
 太腿を撫でる手が裾から入り込んでくる。腰骨を辿り、薄い背腹や細い腰を愉しむ指先に、脇腹を震わせながら、ナルトは首筋に齧りつくように柔らかい身体を押し付けた。
「どうした」
 ナルトの積極的な様子に、笑み含んだ声が上から降ってくる。
「ん……久し振りだから」
 素直に答えれば、ほんの少しの間を置いて、
「足りないか」
 と、問いかけられた。
 ずばりと見抜かれ、抱き込まれている胸元で、ナルトは閉じた瞼をますますきつく瞑る。
 この人はナルトの中にある不足を、間違いなく嗅ぎつける。それを埋めて満たすために心血を注ぐ。
 青く浅ましい欲求のみならず、記憶に埋もれた、黒く口を開けた深い穴までも。
 小さかった頃心の大半を支配していた、今は出来れば無かったことにしてしまいたい、冷たくて寂しくて痛い……底なしの闇。そこから這い出て乗り越える力をつけさせるために、彼が日々どれほど心を砕いてくれているのか。どれだけ見守られているのか。
 自分はもう感じ取ってしまった。分かってしまった。この人を、信じてしまった。
 イエスかノーでしか答えられない。逃れようがなかった。
 小さな声は、みっともないほど掠れるのを誤魔化すことすら出来ずに、
「……足りねー」
 正直に訴えれば、くつくつと喉を震わせて自来也は再び笑った。抱き締める腕の力が、不意に強くなる。
「成長したな」
 若い身体を揶揄られて、かっと羞恥に身体が熱くなる。
「う、だってしょーがねーじゃねーか……」
「今夜は、お前が満足しても止めない」
 宣言されて、ぞくりと背筋を震わせる。
「覚悟しろ、のォ」









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