「さ、行くとするか」
ここからは近い、すぐに着く、と言って歩き出す。
不意に、片手を取られた。掌で包むように握り込まれる。
(えええええ!?)
突然のことに、ナルトは少し後ろをついて歩きながら硬直してしまった。
(手! 手ぇええ!)
手を繋がれた。旅に出てから、今までずっと二人でいたけれど、こんなふうにして歩いたことは一度だってない。
(うああああ、なんで? なんで?)
焦って、慌ててしまう。山林の切れ目から町へと入る道だ。だんだん人通りも増えてくる。
もう夕方で、白昼堂々というわけではないが、恥ずかしさのあまりナルトは俯いてしまった。
だいたい、この姿を自来也以外の視線に触れさせること自体、慣れていない。
里の仲間内でふざけている時は別として、この少女の姿への変化は、ナルトはごく限られた場面でしか使っていなかった。
どうしても自来也の気を引きたい時……例えば、あまりにも執筆に専念してしまって、こちらに注意を向けさせなければそれこそ食いっぱぐれてしまう、というような切羽詰まった事態に陥った時か、布団に引っ張り込まれた時だけだった。
二人きりの旅だ。どうしてもそうなる。
だから、この姿で公衆の面前に出るのは、どうにもいたたまれない。その上、こんなふうに手を繋がれて、これから行くところのことを考えると、頭がくらくらしてした。
すごく怪しい男女連れにしか見えない。この人は平気な顔をして、こんなに年の離れた若い娘を、いかがわしい宿に連れ込むような大人なのだ。そんな師匠の姿は出来れば見たくないと思っているのだが、連れ込まれるのが自分だと思うと、それだけで逆らえなくなった。
なんてバカな自分。ナルトは顔が上げられない。
きっと自来也は、まったく頓着しない普段の表情で歩いているのだろう。悔しい。
繋がれた手を振りほどくことが出来ない、という抗いようのない事実に、ナルトは頭がいっぱいになる。
片手を押さえられているのは、変化を解いて逃げられないようにする意味もあるのは分かるが、それ以上に手を繋ぐという、ありきたりで何気ない行為が、ナルトに対して絶大な効力を持っているということに、この人は気付いているのか、いないのか。
だって、こんなふうに自分と手を繋いで歩いた人間は、今まで他にいただろうか。
いや……いない。
思い出す限りで記憶を浚ってみるけれど、多分、初めてだ。誰もナルトにしないようなことを、自来也はたまに、こうしてさらりとやってのけてしまう。
どうして。どうして。
胸が苦しくなる。胃の下辺りがきゅうっと痛んだ。次第に、恥ずかしい、照れくさい、という思いを凌駕する勢いで、嬉しい、幸せだ、という気持ちが湧きあがってくる。ああ、やっぱりこの人が大好きだ。今手にしているこの幸福を逃してなるものかという負けん気が、むくむくと頭をもたげた。
ぎゅっと手を握り返す。
今まで大人しくついてくるだけだったナルトから、突然反応が返ってきたことに少し驚いたのか、自来也がこちらに視線を降ろしてきた。
その手を、今度はこちらにぐっと引き寄せ、逆に両腕で絡みつかせる。
相手の二の腕の固い筋肉に、柔らかな胸を押し当てた。
「ねーエロ仙人」
ようやくこの状況に開き直ったのか、果敢に甘え始めた子供に、自来也はあからさまに目元を緩めた。
「なんだ」
「オレ、ラーメン食べたい。この街にも美味しい店、あんの?」
「おお、あるぞ。連れてってやる」
機嫌良く口元をほころばせる。
「やった!」
ナルトもぱっと表情を輝かせた。
「しかしなぁ、ナルト。お前、どこで食べても最後には一楽が一番だって言いやがるだろ。あれじゃあ食べさせる甲斐がないっての」
「ニシシシ、それは仕方ないってばよ。でも、どの店に行っても、ちゃーんと味わって食べてるってばよ?」
「本当か?」
「ホントホント。なぁ、どんな店?」
「麺の固さと辛さに段階がある。味噌が評判だったかのォ……」
「うおおお、マジ!? 燃える!!」
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