しばらく離れていた相手は、やがて戻ってきて、ナルトの額に吹き出した汗を拭い始めた。額だけでなく口元も、首や胸に浮かぶ汗も、足の間に残る名残も全て拭き取る。痛む場所の、押し広げられた奥の傷の具合までまた丹念に看られながら、綺麗に後始末されるが、もう恥ずかしいと思う気力すら湧かない。
尾を引くのは中の鈍痛だけではなく、快楽もまた執拗に残っていた。ゆるく身悶えながら、摩擦熱を持つ痛みと心地よさを綯い交ぜにしたような疼きを、ナルトは持て余す。
下腹へと注ぎこまれた生々しくて物慣れない感覚が、なかなか去らない。自然に顎がのけぞる。心地良くもあり辛くもあるそれを散らすために、後頭部を敷布に擦り付け、腰をくねらせ、閉じた膝をにじらせた。
無意識に媚態を晒し続ける相手に、自来也は困ったように溜息を吐く。
この分だと後戯が必要だろうか。あまりにも残る色香が濃すぎた。しかも、そうさせてしまっているのは自分なので、内心で唸るしかない。
時計を見ると、もう朝も遅い時間になっていた。
雨音の強さは、あまり変わっていないようだ。障子から入る光も、夜明けの頃と比べてそれほど明るさを増しているようには思えなかった。相当厚い雨雲なのだろう。
一旦は脱いでいた浴衣を、きっちりと着込み直してから、その横にごろりと転がり、添寝になる。
抱き寄せてやると、ナルトは拙い動作でしがみついてくる。ようやく助けを得られたとでも言うように、額を自来也の肩口に擦りつけた。
頑是なく縋り付いてくる仕草に応えて、頬や目尻に唇を落しながら、力の入らない指を指で包んでやり、甘やかすように抱きしめる。
腕の中に収まった体温が、馴染んでゆくのを感じつつ、互いの、ゆっくりとした深い呼吸に、耳を傾けた。
つい先刻までは、こうした単純な触れ合いでさえ初めてだったはずなのに、と思うと、不思議だ。
「……なぁ」
「ん? どうした」
「どのくらい、血ィ出てた?」
「……。そんなに酷くは、なかったのォ。二、三滴ってとこかの」
「ふーん」
「……」
やはり、そういうことには興味があるのか。感心していいのか呆れるべきなのか、自来也にはわからない。
実際出血は、それほど酷くなかった。入れる前の膜の状態は、歪に輪になって小さな口を開けていており、終わった後に確かめると、そこには数か所の亀裂が生じていた。
だが、それが今回が初めての体験である証なのかどうかは、この場合分からない。次も、少し慣らしたこの状態を記憶して続きをすることになるのか、それとも、何度でも元の状態に戻せるのかもしれないし、とにかくそういう便利な術のはずだった。仕組みや作用を解明する意味では、こういうのは必要な情報ではあるが。
「まだ痛むか?」
「……もう、平気だってばよ」
術を解けば、傷も何もかも幻と消える。それに、もともと傷の治りは早いから、と、何時も通り屈託なく笑いながら健気な答えを返してくるが、口とは裏腹に、腕の中に縋ってくる実際の動作は、稚く甘える女の子の姿そのもので。
やはり、罪悪感は消しようがない。どうしたものかと覗き込めば、微妙な表情で見上げられた。
恥ずかしがっているような、むくれているような、ものすごく甘えられているような……。
「怖がらせて、すまなかった」
精一杯優しくしたつもりだったが、思い起こせば、途中でペースを落としてやることも出来ず、一貫して、まるで脅すように奪い、労わってやる間もなく終わらせてしまったような……、そんな気もした。
「いーよ、もう……」
「驚いたんだろ」
「う……。だ、だってさ」
浴衣の布に軽く爪を立て、拗ねた表情で文句を言い始める。
「こんなふうに、あんなことまで……するなんて、思わねーし」
「ああ、悪かった。お前が慣れてなくて、あんまり知らんのは無理もねーのに、のォ」
不平不満を聞いて宥めるやりとりは、普段の二人が飽きるほど繰り返している調子そのものだった。ほっとして、思わず笑み崩れる。
かわいくてかわいくて、窒息しそうだと思った。
どんなに大事で、特別かなんて、とても言葉にできないくらい。
まだ、話すことは出来ないけれど。
(おまえが生まれる前から)
その誕生を心待ちにして……その日を、待ち望んでいた。
それなのに。
訪れたのは最悪の喪失だった。未曾有の災厄は、自来也を失意のどん底に叩き落とした。思い出せば今でも非憤に胸を抉られ、何も出来ず、何も守れなかった自責の念と無力感に押し潰されそうになる。
耐えられずに、師の寛大さに甘えて里を離れたまま年月は過ぎた。その後は完全に外で、単独での仕事しかしなくなり、しまいには行方までくらませる始末。
様子は気になったが、顔向けが出来る立場だとはとても思えないままに時は流れ、やがて、カカシが中忍選抜試験に推薦したと耳にして、ようやく会ってみたいと思えるようになった。
一目見て、言葉を交わしてしまえば、もう済し崩しだった。
憑り付かれたように、手離せなくなった。再びこの手に落ちてきた宝物。
そう言えば、最初に会った時、
(この姿のままでいろ、とか言ってたな。ワシ)
自分の言ったこととは言え、相当無茶苦茶だった。笑みは思い出し笑いに変わる。
あの時の自分の行動の素早さには、思い起こせば我ながら呆れるしかない。
偶然を装って強引にエビスから横取りするわ、相談役たちに口頭で了承させただけで勝手に里の外へ連れ出すわ、洒落にならないほどの好き勝手し放題だった。
里の組織に属する忍は多かれ少なかれ全員そうだが、ナルトに対しては特に厳しい措置が取られている。彼には、本当の意味での行動の自由が、実は無い。決められた指導者の監視から外れないよう、常に管理されて記録を取られているし、里外への勝手な外出など以ての外だ。
越権可能な地位を利用しまくった自分のやり方に、皆、呆れていた。特に向こう三年もの間、教え子を横取りされることになったカカシは、さすがに恨みがましそうな目で自来也を見た。
また厄介でかわいそうな事態に陥ったと思う。因果なものだ。気付けば彼の三人の教え子たちは、一人は大蛇丸を求めて里を去り、もう一人は綱手に委ねられ、ナルトを受け持つのはむしろ自分で当然、という成り行きにまでなっていた。
優秀な四人一組として機能し始めて、これからというところだったのに。急転直下、離れ離れという酷い有様だ。
(抜け忍を出したのは……痛いな)
自らの過去も含め、様々な想いが去来して胸が軋む。しかしだからこそ、ここで一呼吸置かせてやるのもカカシのため、というのが、綱手と二人で見解が一致した結果だ。
(こんな形で請け負うことになるとは……)
(責任重大だ。きちんと育てて返さなければ、あいつの文句はちとキツい。何を言われるかわからんしの)
カカシは、教え子たちにはとても優しくするのに、自分の師に対しては、何でか、つんけんとした態度を取ってずげずげと物を言い、懐いた様子を見せることはあまりなかった。それは師匠の師匠である自分に対しても同様で、今でも、久し振りに会って話していても、やっぱり変わっていなかった。あんなに一番の読者であるにもかかわらず、だ。
くすり、と笑いが漏れる。
「なに?」
耳ざとく聞き咎め、鎖骨に息を掛けながらナルトが尋ねてくる。
額に唇を落としながら、応えた。
「いや、今こうして、おまえを独り占めできるのはな、ワシにとっては最高の贅沢だと、思っての……ナルト」
「……」
再びナルトは神妙に黙りこくってしまう。
愛おしさに目を細め、流れる金髪へと指を梳き入れた。
禁・無断複写転載転用 リーストアルビータ