夜の終わる音がした ...... 01
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 里を出てから、三ヶ月が過ぎようとしていた。
 ナルトと自来也の姿は、北へ向かう街道の宿場町にあった。


 今日は、三十六時間に及ぶ実戦形式演習の最終日だ。宿場町付近の山中で、行動範囲と終了時間を決め、一対一の真剣勝負を不眠不休で続ける。
 ナルトが挑む相手は、当たり前だが、今まで戦った誰よりも強いのだった。あっというまに己の欠点や弱点、鍛錬が甘い点を洗い出され、徹底的に攻められる。使える戦術全て出し切って応戦しても、それが師匠の想定する範囲内であるならば全て簡単に看破され、軽々と躱されてしまう。
 そこまでは仕方ない。
 勝てるわけがない、と思い知るのは、例え自来也の予測を超えるような手を思い付き、上手く裏を掻けたとしても、それで痛打を与えるには至らないと悟る時だ。


 基礎技術の総点検と言ってもいい。アカデミーを卒業し、下忍としてある程度の任務をこなし、中忍選抜試験の本選にまで進んだほどの者ならば当然身に付いているはずの基本的な知識や実践力のあれこれが、ナルトは見事に穴だらけだったから、二人の修行の旅は、まずその穴埋めから始まった。
 もちろん自来也は、ナルトが苦手とする範疇に時間を掛けさせるような無意味なことはしない。ただ、どこが足りないかを鋭く指摘し、どう応用すればその弱点をカバー出来るのかを考えさせ、工夫させる。そして得意な分野や向いている修練法にはたっぷりと時間と手間を掛けて導いた。何故そこまでナルトのことが分るのか、日々つぶさに観察されているのか、どれほど考えを巡らせて彼に合う方法を見つけてくれているのかは、毎日一緒にいれば自ずと知れる。
 ナルトと過ごす予定の三年間で、何をどのように伝え、鍛えるか。自来也には独自のカリキュラムがあるらしく、あらゆる修練はそれに沿って段階を踏んで進めてゆく計画的なものだった。特に、与えられた課題をクリア出来た時などには、その効率の良さと覿面な効果を身に染みて感じることになる。

 
 教えるのは、根気のいる仕事だ。その丁寧さに報いるためには、何としてでも成果を見せなければならなかった。次のステップに気持ち良く進むためにも、この三ヶ月で習い覚えたことの総復習として、少しでも上達して伸びた部分を見てもらうために、こちらも必死で応戦した。
 が、当然の如く全く歯が立たない。もう少しで手が届くと思う寸前に、それ以上の力を見せつけられる。こっちは擦過傷と打撲だらけで息を切らしていても、向こうは無傷で悠然としたものだ。
 終了の合図と同時に地面へ身を投げ出すことになったナルトを見下ろして、彼は苦笑いしながら評価を下した。
「いくらかはマシになったのォ。だが、この程度では、まだまだ先は長そうだ」


(ちくしょう、手も足も出なかった)
(がっかりされたくなかったのに……)


 悔しがるナルトに対して、自来也本人は決してがっかりはしていなかった。旅に出て最初の三ヶ月で、弟子が成し遂げた日々の頑張りや全体的な成長に、一定の成果を見出すことが出来たのだろう。ナルトの目から見ても上機嫌そのものだった。
 宿に戻り、久しぶりのまともな食事と風呂にありついて、それらを堪能する間にも、二人はいつものように冗談ばかり言い合って、自来也は何がそんなに可笑しいのか、ただでさえ疲れている腹筋を笑い過ぎで更に酷使し、痛がっていたぐらいだ。


 だが、ナルトは欲張りだ。その目はもっと上を向いている。
(もっと驚かせたかった。あっと言わせたかった)
 残念ながら、今回は自分で納得のできるレベルには達することが出来なかったが。
(頑張ったって、思ってたのに)
(あの程度の努力じゃ、まだ、ぜんぜん足りねぇ……)


 夜になり、灯りを落として眠りに就いたが、布団を被ると、ついさっきまで和やかに過ごした気分などあっという間に消え去ってしまった。
 悔しさに目が冴えて眠れない。
 身体は疲労で重く、あちこち出来た擦り傷は、綺麗に水洗いしたためか、ひりひりと痛む。その上、早速自然治癒が始まったのだろう。痒くもなってきた。そして、いつもより筋肉痛も酷い。
 ナルトのそれは、成長痛も混じった、複雑な痛みを伴うものだ。他の人と比べれば痛みが引くのが早いのは確かだが、痛いものは痛い。
 背が伸び切るまで、この痛みは続くのだという。誰でも皆がそうなのだ、と。知識では分かっていても、自分だけ違うのでは、どこかおかしいのではないか、という不安は、ナルトの場合はいつでも何にでも付いて回った。
(オレってば、同期のやつらの中でも、一番背が低くて)
 この旅に出てから、バランスが良く栄養価の高い食事とは何たるかをみっちり仕込まれ、ようやく食が体調に及ぼす影響を悟った。今となっては、木賃宿など自炊の安宿に泊まる時に二人分の食事を賄うのは、ナルトの役割だ。
 忍は刃物の扱いのプロだ。方法さえ身に付いてしまえば食材の処理など全く苦にならない。味付けも、好みのものを何パターンか覚えてコツを掴めば、不味い料理が出来上がる確率はぐっと低くなる。
 師匠自身の生活習慣にはしっかりと酒が根付いていて、摂生に努めるとか、健康第一とか言う言葉とは掛け離れているように見えるが、生きた長さの分だけ知識と経験は遥かに豊富だったから、ごく普通の食生活指導に不足があるはずもなかった。
 悪くはないが優良では決してなかったナルトの健康状態は、各段に向上した。ちょっとしたことで変に疲れたり腹を壊したりする体調不良とも縁が切れた。
 この全身の痛みも、身体が成長の遅れを急激に取り戻そうと必死になっている証だ。痛い思いをする分だけ背や手足が長くなれば、我慢する甲斐もあるというものだが。
 それにしても、
(痛ぇ……)
 出来るだけ痛みのことは気にせずに、さっさと眠ってしまいたいのだが、そうこうしている内にも、先程までの演習の記憶が甦って来て、今度は痛みなどどうでも良くなるぐらいの歯痒さに、じっとしていられなくなる。
(次はもっと上手くやれる)
 明日の自分へ、誓う。
 今日までの自分の不甲斐なさを心に刻み付けるように、息を殺して室内の暗闇を睨み据える。


「眠れないのか」
 不意に、隣の布団から声を掛けられて、わずかに肩を揺らした。
「……」
「雨だな」
 耳を澄ますと、窓の外の板戸を叩くぱらぱらという音が微かに聞こえてくる。
 聞いている内に、その雨音は強く大きくなってきた。 


「明日の朝まで、止まないかもしれんのォ」
「……」
 ナルトは声が出せない。
「遅めに起きるとするかの。ナルト、焦って早く眠ろうとしなくてもいい、ゆっくりしろ」
 掛けられる言葉に、ぎゅっと腹の底が絞られるように痛んだ。
 自来也は、優しい。
 ナルトが考えも及ばない隅々にまで、思いやりと気配りを滲ませる。
 そして、人間関係は擦れ違いの連続なのだと思い知る。
 こちらが甘えたい時には、そっけなくはぐらかされ、こんなふうに慰めなんか絶対欲しくないときに限って、優しくされる。


 いつも素直でいることなんて、難しくて出来ない。









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