夜の終わる音がした ...... 03
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 次に意識を取り戻した時、最初に感じたのは、気持ちの良い温かさだった。先程目を覚ました時に感じた寒さは、全く残っていない。
(あー、オレってば、今度はちゃんと熟睡できた……)
 安堵と達成感に、思わず口元が緩む。
 嬉しかった。
(このあいだは、格好悪いとこ見せちまって)
 師匠の布団に引っ張り込まれて、そんなことは初めてだったから、どう振る舞えばよいのかさっぱりわからず、さっさと自分の場所に戻ってしまった時のことを思いだす。
 だが、すぐに後悔した。
(あのまま寝ててよかったんだ)
(きっとそれが普通なんだ)
 遠慮しなくていいところで遠慮した。ああいうのをきっと水臭いって言う。
 再び機会が巡ってくればいいと願ったが、自分からねだることなんてとても出来なかった。
 けど、師匠はそれが例えばナルトに与えるどんな課題であっても、途中で諦めることはない。一度失敗した程度では投げ出すことは絶対に許さず、何度でも挑戦させる。 それは見習うべき姿勢であると思う。
 果たして、次の機会はこうしてやってきた。
 くすぐったい気持のままに、ナルトは少し身じろぐ。未だに寝起き特有の全身の気怠さは抜けていないようだが、そんなことは気にならないほど気分がいい。
 相手を起こしてしまわないよう慎重に、傍らにある体温の高い身体へと近付き、頭蓋をそっと押し付ける。
(添い寝って、こういうことを言うのかな?)
(親子ってこんな感じかなぁ)
 触れたところから、ひどい鼾が直接伝わってきた。
 初めはうるさくてとても眠れないと感じたそれが、聞こえない方が寂しいのだと知ってからは、気にならなくなっていた。
(あったかくて、きもちいい)
(家族がいるやつらは小さい頃から自然に知ってることで、きっと恋人同士でもこんなカンジで)
 経験したことのないことを経験させてくれる師匠に、感謝の思いでいっぱいになる。たぶん、こんなのは、彼がナルトに取り組ませている様々な訓練に比べたら、小さなつまらないことのひとつなのだろうけど。
 ナルトにとっては得難い体験だ。


(うーんでも、いくら寒かったとは言え、気は進まなかっただろうなー。どーせ一緒に寝るならキレーな姉ちゃんの方がいいとか言うにきまってるし、オレが横にいてもなぁ……)
 そこで良い考えが閃いた。
(こーゆー時こそ、おいろけの術でオンナノコに変化すりゃいいんじゃね? オレってば頭いい!)
 師匠があの術をかなり喜ぶことは知っている。ああいった趣味を、わざわざあけすけな言動にした上に、開き直ってまったく悪びれない様子には呆れるしかない。しかも、それを書いて売ってるとか……信じられないと思う。
 が、この思い付きは、起き抜けを狙えば、それなりに効果のある悪戯になりそうな感じがした。
(使えそうなネタは、ちゃんと考えて膨らませるってばよ……)
 ニシシ、とほくそ笑みつつ、温かい掛け布団の内に、再び顔を埋める。
 今はまだ、この温かさの中で微睡んでいたかった。


「雨がひどくなってるのォ」


 頭上から声を掛けられたことに気付いて、再び意識を浮上させたナルトだったが、二度寝は思いの外睡眠が深かったのか、頭はどんよりと重い。
 どれほどの時間が経ったのか、鼾は止んで、相手は起きていた。
 ナルトの寝ぼけた耳でも、大粒の雨が激しく窓を叩く音は判別出来る。
(まるっきり止みそうにねーな、これってば……)
「長雨になるかもしれん。数日は休むとするか」
 この地方の気候を多少なりとも知っているからだろうか、自来也はそんな予想を口にする。
「……じゃ、また原稿……書く?」
 呂律のまわらぬ口で尋ねる。
「そうなるかの」
 ああ、じゃあまた暇になるなぁ。
 少々つまらない思いを味わいつつ、ナルトはここに宿を取った日に二人で話したことを、半分眠ったまま頭のなかで反芻した。


 標高が高く冷え込みが厳しい地帯だとは聞いていた。
 しかも、
「雨の日の修行は、この地方にいる間は厳禁だ」
 と言われれば、不満を唱えないわけにはいかない。
「えーっ! なんで!?」
「里の外で過ごす経験がまだ少ないおまえにはピンと来ないかもしれんが、この季節のこの辺りの冷え込みの厳しさはハンパじゃねェ」
「寒いのなんて、ヘーキだって。雪が降るとかならわかるけどさ!」
「アホ、気温は大したことなくても、風の強さや湿度がまるっきり違うんだっての。少しでも油断してみろ、あっちゅーまに風邪を引くぞ」
「マジ? そんなに?」
「具合が悪くなってから泣き事言う羽目になっても、知らんからな」
 天候が荒れて、宿から出られなくなると、師匠は最近書き始めた次の本の原稿に向かってしまうのが常だった。
 その間、ナルトには読書の課題が与えられる。所持している巻物には、かなりの数の本や巻物が封じられていて、いつでも取り出して読めるようになっていた。
 本当はアカデミー卒業生ならばとっくに読んでいなければならない教則本や解説書から、一応文学の士であるところの自来也が進める一般教養的な文学全集ものまで……ジャンルは様々だ。
 だが、読書の習慣がまだあまり身に付いていないナルトにとって、進んで読みたいと思う本はあまり多くない。どうしても、大衆的な冒険物や少年向けの軍記物の類に偏ってしまう。


 寒くなければ多少の雨でも飛び出していく気になるのかもしれないが、これほどの激しい雨に加えて。
(確かに、明け方はすげー冷えてたし)
 思い出し、僅かに身体を震わせる。
「どうした、寒いのか」
「……」
 首を振る。今は寒くない。温かい身体と布団に挟み込まれているこの状態では、寒さなど感じるはずがなかった。









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