夜の終わる音がした ...... 02
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 修練の最中に甘やかすことは出来ないが、こうして休み寛ぐ間であれば、この孫息子にも等しい存在を思う存分可愛がりたいという衝動は、常にある。
 初めて会った時から、修行をつけろと半ば脅すようにねだられたのを思い出す。
 あまりにも最初から真っ直ぐに慕われて、どう対処したものか戸惑いつつ、とにかく術の手ほどきに専念するしかなかった。
 最初に、口寄せの術と九尾のチャクラのコントロールを教えた時は、日数も限られていて三代目の目を盗みながらだったし、螺旋丸を修得させた時も、綱手の行方を追いながらの道中、それほど面倒見良く付き合ってやれたわけではなかった。
 常に急ぎ足で課題に取り組ませ、厳しく突き放しながらの修行が続いた。
 だが、今は違う。
 今の二人は正式な師弟だ。時間もある。
 共に過ごし、瑣末事にも神経を行き渡らせて、どうでもいいことも重要なことも余さず教えられる時間が。
 大蛇丸やイタチの状態を、直接会ってこの目で確かめることが出来たのは大きかった。そこに有力な情報の裏付けを得て手にした、三年弱の猶予期間。
 里の人事から随分長い間遠ざかっていた自来也にとって、再び正式に弟子を取るということは、計り知れないほど重大な出来事である。
 もう二度と教え子なんて持つものかと、ほんの少し前までは本気でそう思っていたのだから。


 大切過ぎて距離感が掴みにくい、というこの感じは、嫌いではない。しかし、ずっとこのまま、というのも良い状態ではない。
 螺旋丸を教えていた時期に、人並みに寂しがるのを何度かすげなくあしらったせいだろうか。それともそれが彼の処世術なのか。ナルトはいつの間にか、勝手にこちらと自分の線引きを決めてしまっていて、微妙なところで頼ってこなくなった。
(まずいのォ……)
 一旦そうなってしまえば、もう素直に可愛がられてくれるような簡単な性格ではない。誰とでも先入観なく打ち解けられる人懐っこさの裏返しのように、警戒心や我慢強さ、意志の固さときたら、相当なものだ。ナルトの自覚ある強がりの前では、軽々しく手は伸ばせない。
 そうされるとこちらも頑固な性格な災いする。修行の厳しさにかこつけて、ついついそっけなく扱ってしまう体たらくだ。同じ年の頃の自分と重ねては、不味いところばかり似ているようにも見えて苛々するし、今さらだが本当に嘗ての弟子に似過ぎているから、面影を見出しては胸を突かれ、目を逸らしてしまうのだった。


 ほんの少しのぎこちなさを抱えたまま、共に過ごし始めて三ヶ月が経とうとしていた。もう少し距離を縮めたい思惑は、双方にあるような気がするのに、日々はあっという間に走り去ってゆく。
 二人きりで過ごし互いを独占出来る時間は、刻々と減ってゆく。


 目が覚めたが、部屋の中は暗闇に沈んだままだった。
 板戸を叩く強い雨音は昨晩と変わりなく続き、明かり採りの小さな硝子窓からも朝日は差し込んでいない。
 まだ夜明け前なのか。
 時計を見ると、確かに日の出には少し早い時間だった。
(変だ)
 決めた時間より随分早くに目が覚めている。疲れているのはこちらも同様だったから、ゆっくり眠って遅めに起きようという言葉は、自分に対してでもあったのだが。
(何か嫌な気配は……)
 すっかり眠気は覚めて、身体を動かさないように慎重に辺りを窺う。
(……しないか)
 何か胸騒ぎがする訳でもなく、妙な違和感と言うほどでもない。
 悟ったのは、気温の低さだった。
(ああ、原因はこれか)
 だいぶ冷え込んでいる。
 自来也はむっくりと身体を起こし、隣を見た。
 案の定、弟子の身体は畳近くまで転がり、掛け布団は傾いていた。浴衣も盛大にはだけて、細い片足と腰は完全にはみ出ている。
(こいつ……寝相は悪くないと思っとったが)
 どちらかと言うと酒を飲んで寝た後の自分の寝相の方が、よっぽどナルトに迷惑を掛けることの方が多いのだが。
 だぶん、いつもより疲労が酷いためだろう。骨や筋肉をほぐすために無意識に寝返りを打つ回数が増えたに違いない。
 このままでは風邪を引いてしまう。
 布団の中央に身体を戻すため一旦布団を引きはがし、浴衣を直してから半身を持ち上げる。
 が、やはり動作が大きかったからか、相手は目を醒ましてしまった。
「ん……」
「ナルト、布団に戻れ。身体が冷え切っとる」
「え……な、に……?」
「寒いだろう」
「あ、オレ、ねぞう……」
 状況を悟ったのか、両手で開かない瞼を眠そうにこする。
「ごめん……エロせんにん……、オレ、起しちまった……?」
 舌足らずな起き抜けの声に、一瞬で心は決まった。
「おまえ、こっちに来い」
 自来也は抱え込んだ身体を、そのまま自分の布団に引き摺りこんだ。
「……ん……」
 ナルトは突然の処遇に驚いたのか、小さく声を上げて目を一瞬見開いた。
 抵抗されるか、と自来也は身構えたが、相手はされるがままに寝かせた姿勢でその場へと横たわる。
(嫌がらないな……)
 大人しく目を瞑るのを確認し、素早く胸元に抱え込んだ。脇腹に添わせて幾重にも布団を掛け、二人の身体を包みこむ。
(また途中で逃げられるかもしれんがの)
 自嘲に口の端が上がる。
 この前、同じことを試したが、結果は悲惨だった。
 猛烈な抵抗を受けた。
 相当驚かせてしまったらしい。とんでもないことだと喚かれ、ナルトはさっさと自分の布団に戻ってしまった。
 自分が嫌がられたのなら、まだマシだ。そうでないことは明白だった。この子にとって、人の布団に入ること自体が全く馴染みのない習慣で、そういった機会に全く恵まれなかったことはほぼ間違いなく、それを計らずも確かめてしまうことになった自分の行いは却って残酷だったのかもしれない。
 たぶん、人肌や体温や、こういう形で誰かに甘えるということ自体が、ナルトには踏み込んだことのない未知の領域にあるものなのだろう。
 間近に窺い知り、さすがに胸が痛んだ。
 こんな欠乏を抱えた状態のまま、大人になるまで放って置いていいとは到底思えない。
 だがこの相手は、そろそろ単なるスキンシップの不足を普通の抱擁や触れ合いだけで解消するには、何とも微妙な年頃に差し掛かっていた。
 どうしたものか。
 考えてはみたものの、やはり辛抱強く馴らしていくぐらいしか対策が思い浮かばない。
(おまえのためだ。ワシでは不満かもしれんが、今の内にこのくらいは当たり前になるよう慣れておけ)
 再び眠りに就くべく、目を閉じた。









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