夜の終わる音がした ...... 06
01 02 03 04 05 06 07 top






 自来也は、初めて現れた、ナルトが独り占めしていい大人の相手だ。ナルトを認めてくれる人間は、最近になって人数は少しずつ増えつつあったが、自来也が飛び抜けて別格で、一線を画した存在なのには、確固とした理由がある。
 ナルトの面倒は自分が見ると、守って育てると、言葉にしてくれたからだ。この旅に出る前から彼は度々それを口にした。「ワシが守ってやるから安心しろ」と。
 その度に、自分は早く強くなんなきゃな、とナルトは言い返してはいたが、そうやって実際に掛けられる言葉が、どれほど彼を勇気付け、安心させて幸せにしていたか。
 言った本人は、良く解っていないのかもしれない。
 だが、とナルトは決意する。
 今こそわかってもらわねばならない時だ。
「どうなんだよ? 信頼するしないどころの話じゃねーぞ。それ以上に、だ・い・す・き・だ! 耳かっぽじって聞きやがれ」
「いや、その……なんだ」
「なんだよ」
「……あー、……わかっては、いる」
 さっきまでは確か押し倒す側であったはずなのに、今は全裸の美少女に迫られているという、いろいろ逆転した状況に、しばらく本当に固まっていた自来也だったが、厳しい問い質しに答える言葉は、思いの外しっかりとしたものだった。
「ホントかぁ?」
 疑い深く細くした目で、じっとりと睨みつける。
「きっかけが掴めなかっただけだ」
「きっかけって! ずーっとそういう目でオレを見てたってこと?」
「違う違う! 誤解を招くような言い方をするな、そういう話じゃねぇだろうが」
「……どういう話だよ……」
「あのな。大事に想う相手じゃなければ、こんな旅に連れ出すわけがないし、これだけ毎日傍に居て、お前の気持ちを何も感じないわけがないだろう?」
「……」
「のォ、ナルト」
「……ふーん……」
 その言葉は信憑性が高そうに聞こえた。
 少なくとも、わかっていると即答してくれたのは評価に値する。ナルトの気持ちを、知らなかった、だの、気付かなかった、だのと言い逃れられたら、そこで終了だった。きっと立ち直れないほど傷付いて……その先は考えたくない。
 心臓の底のあたりがヒヤリとするような、覚えのある冷たい感覚にナルトは肌を泡立たせる。
 覆い被さる身体を見上げた。自分が暴れたせいで、浴衣が少しはだけ、首周りの筋肉と鎖骨の辺りの肌が目に入る。気まずくなって、ふいっと視線を逸らした。
「で、でも、好きなのと信用出来るのとは別だってばよ……」
「……ナルト」
「だって、いつもはそんなに甘えさせてくんねーのに。なんか急にさ、わかってる、とか言われても」
「修行中とこういう時とは別だろ。人生、何事も切り替えとめりはりが肝要、ってやつだ」
「へぇ」
 もっともらしいことを言う。しかし、すらすらと言い聞かされる言葉には、説得力があるような気がする。
 それなりに考えてくれていた、ということだろうか。
(わかんねーけど)
(ホントはいつも同じように、女の人口説いてるだけかもしんねーけど)
 でも、ナルトの気持ちは決まっている。
(この人を独り占めしたい)
(もっとしっかり繋がって、一番傍にいたい)
 知っている。自来也には自来也の、大切なものが、ナルトの他にもたくさんある。その質量は計り知れず、その中で自分が一番になりようもないことも。それは分かっているけど。
(オレにはこの人が特別なんだって、わかってほしい)
 きっと自分は、他人に対する執着心が人並みよりずっと大きい。少なくとも、自力では上手くコントロール出来ないほど強い。例え相手に拒まれて、どんなに離れられても、欲しいものを簡単に諦めることが出来ない。
 絶対に手放したくなくて繋ぎ止めておきたいものを、諦めること自体が、ナルトには無理なのだ。
(せめてエロ仙人には、こういうオレを受け入れて欲しいんだってばよ……)
 食い入るようにその瞳を見上げる。そこから滲み出る思いを、少しでも読み取りたくて懸命に、隅々まで視線を走らせる。
(お願いだ……!)
 気持ちを伝えたのは、手を出されたからだ。この人は手の平を反すようなことはしない、と思うから。そうでなければ、とても言えたものではない。
(ここまでしておいて尻込みなんてしないよな?)
(頼むから)
「おまえホント、アホだの……」
 見おろす表情の、その口元が不意に緩んだ。
「ワシの方から手を出したのに、何でそういう顔になる」
 自来也が覗き込むナルトの両眼は、追い込まれて今にも泣きそうに切羽詰まっている。
 この子は強くて、どんな困難にも打ち勝つ強い意志を持っているが、それ以前に、とんでもなく寂しがり屋で猛烈に涙脆かった。共に過ごし始めてそれほど月日が経たぬ内に、自来也はすぐにそれを悟った。
「いつもと一緒だ。おまえは安心してワシに全部任せておけばいい」
 そんなに思い詰めるな、と宥めるように呟きながら、目の前の頬に指を触れさせる。
「……エロ仙人……?」
「ワシがおまえの損になるようなことを、ひとつでもしたことがあったか?」
「……」
 ナルトは一瞬だけ息を詰めたが、すぐに呟くような返事を零す。
「……そう言うんなら……ひとつもない……のかも」
「かもとはなんだ」
「だって、なんか、上手く誤魔化されて、言い包められてるような気も、すっからさー……」
「気のせいだ」
 言いながら、自来也は、頬に添えた手を首筋に滑らせた。少し屈むだけで、頤に唇が届く。
 頬の狐の髭の形をした痣にも、同様に唇を落とす。それからようやく唇へとそっと口付けた。
 ナルトが腕を伸ばす気配がする。
 すぐに二本の腕が、首へと巻きついてくる。
「……ん……」
 恋しがるように鼻を鳴らして縋りついてくる身体を、しっかりと抱き寄せた。
 抱き寄せながら、しばらくそうして唇で触れていた。









禁・無断複写転載転用 リーストアルビータ