(……可愛過ぎる)
おかしなことになった。
こんなに素直に、傍らで大人しく体温に包まっているナルトは、今まで目にしてきたどの彼とも違う。微笑ましい、なんて表現は通り越していた。この強烈な愛おしさは何だ。
手が、無意識の内に、視界に入る短めの金髪を撫でていた。
ここまで微妙な……を通り越して、危機的な局面に立たされてしまうとは、どうしたことだろう。
今まさに、指先に掬っている柔らかなものに、唇を押し付けそうになって我に返り、間一髪のところで動作を止める。
(ヤバいかもしれん)
これはいけない。自来也は相当困った状態に陥ってしまっていた。
だが、ようやく手に入れたこの状況だ。どうにかしてこの幸せな朝の時間を長引かせる口実を、あわよくばもっと抱き寄せて滅茶苦茶に可愛がることが出来るきっかけを、必死になって考えずにはいられなくなっている。
考えている、という自覚のある自分を無駄に分析する。
どんなに考えたところで、実行に移すことは許されないのに、何をしているのだろう。と言うより、許されないって、何を。
しかしこのまま手をこまねいていて、やがて腕の中からするりと抜けだされてしまったら、それでおしまいだ。引き止められない。
もし、強引に引き止めようものならば、自分はきっと……そのままこの子を力ずくで押さえ付けてしまいそうだった。そして。
……そんなふうに想像してしまうくらい、危ない状態にまで追い詰められている。
(なんでこんなことになるんだ)
指が離せない。
(落ち着け)
何故、無類の女好きで名を馳せているこの自分がこんな事態に、とか、その前に年を考えろ、とか。焦りのせいか、どうしようもないことばかりが頭をよぎってゆく。
教え子相手にこういう気分になってしまうのは、経験が無いわけでもないし、忍の世界では珍しいことでも何でもない。
古い習わしにあるような、任務に応じて年長の上官が若い部下に閨事を指南するようなしきたりは、表向きには廃止されているが、今でも残っている。現在の木ノ葉の健全な育成プログラムには全くそぐわないけれど、希少な事例ではない。
こんなことに直面しなければ、思い出しもしなかったが。
(いやいや、だから、違うだろ。そういう問題じゃない。他でもないこの子だぞ? 想像だって許されない)
何とかしてこの衝動を遣り過ごさなければ。
(衝動って……)
内心で頭を抱えてしまう。よりによってこの相手にこういうことを思うようになるとは、ことここに至るまで少しも予想していなかった。
予想していたら、二人きりの旅になどに連れ出しただろうか。
(……いや、分からない)
こうなってしまっては、もうまったく自信が無いと言わざるを得ない。
きっかけさえ与えられれば、きっと赤子の手をひねるように簡単に、相手を口説き墜としてしまうであろう自分を、彼は良く知っていた。
ナルトはじっとしている。当然だが、嫌がるわけがない。
大人に守られることも、触れ合うことも、甘えることにもずっと縁遠かったはずだ。彼は今、もしかしたら、生まれて初めて経験する幸福を貪っている最中なのかもしれない。そういう経験をさせてやりたかったから、一つ布団に引っ張りこんだ。
ナルトは、この指の感触に神経を傾けている。そういう気配を確かに感じ取る。
抱きしめてしまいたい。それは余りにも抗い難い誘惑だった。
そして今が、これ以上はない好機でもあることも、自来也は噛み締める。
ナルトの方はナルトで、それなりに困ったことになっていた。
覚醒してから相当時間が経っている。かなり長い間、気持ち良くごろごろしていて、頭を撫でてくる大きな手がいつも以上に優しいのが嬉しくて、夢見心地で幸せな微睡の中に浸っていたが。
今頃になってようやく自分の身体の状態に気が付いた。
(まずいよなぁ……)
そう言えば、ここ数日はとことん体力的に追い込みの厳しい修行が続いており、疲れ果てるばかりだったから、すっかり忘れていた。
アカデミーの頃に得た知識だ。下忍になりたてのころはそうでもなかったが、この旅に出て最近はさすがに、身体が成長したせいもあるだろう。必要性は増してきたと思う。男なのだから仕方がない。
定期的に、一人になれる時間を作って処理していたはずだったが。
(しょーがねーなもー)
(トイレ行くか……めんどくさ)
(なんでこういう日に限ってこんな元気かなー、オレってば……)
起き上がりたくない。本当にまだ眠くて、このままうとうとしていたい。というか、こんなふうに人の体温の傍で貪る眠りは、かつてないほど心地よく、充たされていて、出来るだけこうしていたいのに。
(や、だから。かったりぃのに、何かいー気分になってふわふわしてんのは、身体がこういう状態だからで)
足を折り曲げて、身体を縮める。
(あーもう嫌だ……)
自分のうっかり加減に嫌気がさして、さらにずぶずぶと布団の中に沈みこんでしまいたくなる。
が、そんな眠気も面倒くささも何もかも吹き飛ばす事件が、その時、起こった。
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