バースデイ ...... 01
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「全然」
 急に気配を尖らせて、その子は声を低くした。

「少しもめでたくなんかねーよ」

 殺伐と、吐き捨てる。
「嫌なコト思い出す、そういう日だろ。アンタにとっても」
 唐突に暗い苛立ちを向けられた自来也は、愕然と立ち竦んだ。
 そんな荒んだ目をしたナルトを、初めて見たと思った。



 十月十日のことだった。





バースデイ






 掛ける言葉も失って立ち尽くす師匠の横を、するりと通り抜けて、ナルトは部屋を出て行く。
 咄嗟に、引き止めることが出来なかった。
 遠ざかる足音を背後で感じてはいても、追いかけることも……振り返ることすら。
 自来也を打ちのめしたのは、あの子が生れてから今日まで、たった一人で耐えて撥ね返してきた、悲しみと怒りと孤独の質量だった。


 絶句するしかなかった。
(なんてことだ)
 猛烈な勢いで過去の記憶を引きずり出される。
(違う……ワシは、ただ)
 この子の誕生日を祝いたくて、あいつものあの笑顔が見たくて。
(それなのに、あんな酷い台詞を言わせてしまった)
 まさかこんなことになるなんて。


 だって、あのまっすぐな強い意志と、伸びやかな成長。
 ナルトの性質には、一片の曇りもない。
 自己に対する絶大の信頼から成り立つ、揺るぎのない信念や眩しい笑顔からは、自己否定に端を発する暗い影など微塵も感じられなかった。
(結局、今までワシは、あの子の表面しか見ていなかったということか?)
 自来也の前で、あれほどまでの暗い怒りを露出させたことは今までなかった。
 初めて見た負の一面。
 今のナルトの性格が出来上がるまでには、想像を絶するような苦い体験が幾度となくあったに違いなく、どれほど辛い思いを味わったのか、推し量ることは今となっては難しい。それらを断ち切って克服してきたからこそ、培われた明るさなのだろう。それは分かる。
 そして、割り切って来たいくつもの現実の中には、きっと、今までに迎えてきたこの日の出来事が含まれているに違いなくて。
(今まで受けた祝いも、ああやって全て拒否してきたのか)
(いや、もしかして、祝われたこと自体、無かった?)
 寒気がした。
(もっと、話を)
(あの子の気持ちに耳を傾けて)
 この想いを、伝えなくては。
(追うか)
 ようやく、足に力が戻る。
 こんなところで呆然としている場合ではなかった。


 宿を出て走り出し、自然と足が向いたのは、この街に来る時に通った山道だった。
 街と山河を一望に見渡す小高い丘の手前、道祖神が立つ枝道。
 人気のない道を選びながら、ナルトは進む。今の自分の姿を、誰にも見られたくなかった。
(すっかり忘れてた)
 里を出て以来、日付や暦に関わりの薄い生活が続いてたのが災いした。
 抜かった……と思う。


「今日はお前の誕生日だの、ナルト」
「え?」
「おめでとう」
 何を言われたのか理解した瞬間、さぁっと血の気が引くのが分かった。
 今までそんなふうに祝われたことなどなかったし、それには動かしようのない明白な理由があるのも知っていた。
 思い出して、噴出したのは引き千切られるような寂しさ。
 そして、遠のいて久しくはあっても、馴染みのある、焼けつくような怒りと悲しみ。
 言祝ぎを向けてくれる師匠に対する感謝すら、簡単に消し飛ぶほどの勢いで、それはナルトの中に猛然と湧き上がる。
(とてもじゃないけど)
 その気持ちを。
(オレは、受け取れねェ……)


 例えば、イルカ先生の両親が殺された日でもある。
 それを思えば、胃がキリキリと痛んだ。里の外に出ていても、揺るぎようのない過去と、自分というこの存在が、変わることはない。
 地獄だ。
 とっくに縁を切ったと思っていた。あの底無し穴のような真っ暗闇。
 とても、人と顔を合わせる気にはなれない。
 里のたくさんの人が墓前に参じ、石碑を訪う日だ。何も知らなかった頃のナルトにとっては、その日はそれ以上でもそれ以下でもなく、自分の誕生日とその日が一致していることに意味があるなどとは無論、考えも及ばなかった。
 事実を知った今だからこそ、分かる。そんな日に、自分が。
 よりによってこの自分の、誕生が祝福されることなど、あろうはずもなかった。


 ……何も、十月十日に限ったことではない。
 いつもだ。
 里の大人たちはきっと、自分の姿を見るたびに、かの日に起こった惨劇の様子を思い出していた。
 眉を潜め、あの冷たい眼で一瞥して、目を背ける。
 時には、謂われの無い怒りや憎しみを、まともにぶつけられることさえあった。
 何故、自分だけが、そんな扱いを受けなければならないのか、常に理不尽を感じていたけれど。
 悔しくて寂しくてやり切れなくて、ずっと世の中に対して怒り、何故、どうして、と心の中で問い続け、叫んではいたけれど。


 疑問は、アカデミーを卒業したあの日に解消された。


 謎は、解けてしまえばあっけないほど単純なもので、理由はあまりにも明確だった。謂われは、有った。
 彼らの嫌悪の先にあったのは、里を襲った化け物だったのだと知った。
 自分は、誰の目にも映っていなかった。自分が自分として扱われなかった訳が、ようやく分かる。それが、ナルトをナルトとして見る年長者が殆ど存在しない理由だった。
 全てが腑に落ちた時、彼は新たな絶望に襲われた。
(オレは、……オレなのに)
 自分が憎まれていた方がまだマシだ、とすら、思った。









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