バースデイ ...... 05
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 奥歯を噛み絞めた。
 だから、全部、想像だ。
 イルカから、かいつまんで聞かされたこと以外のナルトの以前を、自来也が知る術は無い。
(そんな……昔のことまで、知りたがってどうする)
 誰にだって、あまり人には知られたくない未熟な過去はある。認められたいと願う人の前では、ひとしおだろう。
 この子の子供時代は彼自身のものであって、誰のものではないのだ。
 そもそも里に居なかったくせに。自分で決めてそうしていたくせに。こんなこと、とても言えた立場ではない。
 三代目の養育方針にも納得している。その采配がどれほど正しかったか、ナルトは自来也の目の前で日々証明し続けている。
 きっとこの先、自分以外にも、こんなふうにナルトに於けるイルカのポジションを羨ましがる人間は、いくらだって出てくるだろうけれど。
 正直、妬ましい。膨れ上がる執着と妄念を、身の内に感じて息を詰める。傍にいられなかったからこそ、自分がそこに居たかった。手の届くところで、小さなナルトの成長を手助けして守ってやれていたら、一体どうなっていただろう、と。
 もう絶対に手に入らない時間だと分かっているから余計、ふとした瞬間に、喉から手が出るほど欲しくなる。
(とてつもない阿呆だの、ワシは)


 手酌で飲んでいた酒器を、卓の上に戻した。
 中身はもうとっくに空になっている。これ以上飲む気にもなれなかった。
 今は酒よりも欲しいものがある。目の前に。
 卓の天板と陶器がぶつかる硬い音に、ナルトが振り向いた。
 目が合うと、近づいてくる。
「……酒、もういいのか?」
「ああ」
 応えると、彼は衒いもなくするりと身を寄せ、胡坐を掻いた膝の間に座り込んできた。独り酒を嗜む相手を気遣って、ずっと邪魔にならないように待っていたのだろう。
 迎え入れて、顎の下に抱き寄せる。
「えへへ」
 馴染んだ仕草で肩口に指をかけ、寄り掛かかってきた。
「なぁなぁ、エロ仙人」
「んー? 何だ」
「今日……すっげぇ楽しかった」
「そうか」
 朝方、初めて祝いの言葉を送った時にこの子の胸を刺し貫いた痛みを思い遣れば、素朴な感謝の言葉は、自来也にとっては何よりのものだった。口元を綻ばぜ、目を伏せる。
「それはよかった。丸一日使った甲斐があるってもんだ」
「うん、ありがと」
「……」
「エロ仙人、オレさ、絶対強くなるってばよ」
 今まで生きて来た短くはない時間の中で、自来也には、己よりも大事なもの、命と引き換えにしても惜しくないほど大切なものを、両手の指で数えられられないほどたくさん得ては失い、或いは手離し、また取り戻して、それを繰り返してきた。
 しかしこの子は、その中にあって、それらかけがえのないものたち全てが結晶したかのような存在だと、ふと思う。
「頼もしいのォ」
 ナルトの言葉には、聞く者に希望や勇気を与える不思議な力がある。
 未来の夢や、叶う約束を期待させるような。急激に成長しているとはいえ実際の実力はまだまだなのだけれど、それ補ってありあまるほどの確かさで。
 待ち切れないと言うように、顎を上げ、首筋に顔を埋めてきた。唇で鎖骨を辿られて、自来也は喉を震わせ小さく笑う。
(まったく)
 可愛い甘え方を覚えたものだ。
 両手で頭蓋を包み込み、ねだってくる唇の望みに応じて口付けを返す。


 用意良く敷いてある布団へと移るのももどかしく、その場で押し倒した。
(久し振りだ)
 浴衣の胸元をはだけさせ、帯をといて下肢までを乱してゆく。
 ここ数週間、情報源にしている勢力筋で細かい動きがあり、諜報活動に専念していた。自分がナルトの傍を離れても、それが敵の動きに影響しない……つまり彼等は現在、ナルトの位置を把握していない、若しくは、居場所を問題にしていない。それを確かめる意味合いもあった。
 数日置きに様子を見にこの宿へ帰って来てはいたが、実質的には課題を与えるだけで放置していたようなものだ。
 祝いを盛大にしたのは、その埋め合わせでもあった。ナルトに寂しい思いをさせるようなことは、自来也としても極力避けたい。とは言え今はもう、別行動が数日続いたところで、共に旅を始めたばかりの頃のように疑われたり拗ねたりされることもなくなったが。
 自来也の下で情報収集を補助し伝達を請け負う蛙たちと多少の面識を持つことで、疑問はある程度解消されたようだし、何より、ナルトの精神的な成長には目を瞠るものがある。
 彼には元々、どんな相手とでもすぐに心の距離を近付け、信頼関係を築けるという得難い資質があったが、それに加えて、決まった保護者を持つことで余裕が出来たのか、自然に甘えることにも慣れてきた。足りない部分を補うために強がる必要が無くなったのが大きい。
 情緒の安定は身体の成長を助長し、忍としての才能の開花にも拍車を掛けてゆく。一つの技術習得に取り組ませる度に、しかしナルトはそれ以上のものを手中に収めて、ひとまわりもふたまわりも大きくなる。
 自来也の期待以上の速さで、一歩、また一歩と。


「少し背が伸びたか?」
「え、マジ? オレ、でかくなってる?」
 外見的な変化は毎日共に過ごしていればそれほど目に付かないが、こうして肌を合わせてみると、骨格や筋肉のたくましさが増しているのが分かる。初めて抱いた時と比べればその差は歴然だ。あんなに小さくて、どこもかしこも薄くて細かったのに。
「何だおまえ。風呂入るたびにに身長と体重は計っておけと言っておいたはずだろ」
「う……」
 ナルトは言葉を詰まらせる。
「だってさ、だってさ、毎日だと……あんま変わンねェんだもん。二、三ヶ月ぐらい経てば、おおっ!ってなるけど」
「だからってサボるな」
 体調管理のための習慣付けだ。懲らしめるように目の前の白い首筋に少しだけ歯を立てる。
「痛っ!」
 だが、やめてくれとは言わない。行為が深まれば、その一噛みが悦楽を深めることを、その身体はもう知っていた。









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