バースデイ ...... 02
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 イルカがその場で、その衝撃をあっというまに払拭してくれたから、正気を保てていたのだと、今でも振り返って考える。
 残ったのは、諦念と空漠と、それでも乗り越えていくしかない、という現実。
 溜息。
(この日一日だけはどうしようもねェ。我慢するしか……)
(落ち込んでたって、仕方ねーだろ)
(そのために、決めたんじゃねーか。絶対に、みんなに認めてもらうって。オレの夢だ。実現するための目標だ)
(大丈夫。だって、オレってば、もう……一人じゃねーんだから)
 心の中に浮かんだ、一人じゃない、というそのフレーズが、ナルトの顔を上げさせる。
 脳裏に去来し胸を温めるのは、そんなナルトを支えてくれた、今は遠く離れた里にいる大切な仲間たち、大好きな先生たちの姿。
 と、同時に、彼はふと、あることに思い至って、我知らず目を見開いた。
(そうだ)
 他里の同い年の存在を、唐突に思い出す。
(我愛羅)
(あいつは)


 我愛羅は……こんなふうに、考えることは、あるのだろうか。
 突然の閃きに、ナルトの思考はあっというまに占拠される。
(あいつも、兄ちゃんや姉ちゃんに、お誕生日おめでとうとか、言われるのかな)
(そんで、どんなふうに思うんだろ)
 その想像には、少なからずナルトを我に返らせる効果があった。
(やっぱり素直に喜べなかったり……するんだろうか)
 我愛羅が、いつも行動を共にしている姉兄のことを煩がって冷たくあしらう姿を、ナルトは何度か目にしていたが。
 元気だろうか。今、どんなふうに過ごしているのだろう。
(また会いたい)
 この修行を終えて里に戻れば、再び任務に付けば、会う機会は巡ってくるだろうか。
 ナルトは胸を震わせて、大きく深呼吸した。
 徐々に平静さを取り戻してゆく。
 視界は明るくなり、墜ちていた心はゆっくりと現実に引き上げられる。やがて彼は、たった今正気を取り戻したかのような新鮮な心地で、周囲を見渡した。
 深くまぶしい緑に包まれた視界。
 瑞々しい午前中の空気が、ふわりと頬を撫でる。


 置き去りにした師匠の顔を思い出す。
 愕然としていた。当然だ。あんなことを言われるとは思いもしなかったに違いない。
 追って、くるだろうか。
 間違いなく追い掛けられてはいるだろう。
 ただ闇雲に走って出て行っただけの無防備な弟子の居場所など、彼は簡単に探し当ててしまうはずだった。
(謝らなきゃ……)
(オレってばサイテーだ。あんなの、八つ当たりにもホドがある)
(……けど、言い返さないわけにも、いかなかったってんだってばよ……)


「おまえ、才能無いのォ」
 たびたび自来也はナルトの要領の得なさに閉口して、そんな台詞を口にすることがあった。
 誰と比べられてそう評されているのか、最初は分からなかったが、今は知っている。
 ねぇ、エロ仙人と四代目は、どんなことを話して、どんなふうに一緒の時を過ごしたの。
 知りたい。
 でも。
 聞きたくても、おいそれとは聞けなかった。きっと辛いことや悲しいことをたくさん思い出させてしまう。
 自分が今そうしているように、かつて自来也の眼前に座って、その教えに熱心に耳を傾けたであろう愛弟子を、この世から、彼から、そして里から奪った化け物が……この身体の中には、確かに在るのだった。
 今日はそういう日だ。
 ナルトは手の平で腹を押さえて蹲る。
 自来也の瞳に苦しげな色が浮かぶ様を、見たくなかった。
 もし、彼にまでそんな目で見られたら……。それはナルトにとってはなによりも耐え難いことだ。
 居たたまれずに、酷い言葉をぶつけて逃げ出した。


(……)
 立ち直ったと言うには、程遠い精神状態だった。なかなか、顔を合わせてもいいような気分にはなれない。
(気持ちは有り難てェけど、やっぱとっても祝う気分にはなれねーってことも、ちゃんと話して……分かってもらお)
 大きな樹の根元に座り込んだまま、考える。
(こういうことで落ち込むのはやめようって、思ってたのに)
 上手くいかない。
 項垂れる。青い下草や剥き出しの土、落ち葉、歩きまわる蟻。ありふれた光景が目に入った。
 もう少し独りで、頭を冷やしていたい。
 しばらく経ったら戻ろうと思った。


 しかし十数分も経たないうちに、近付く人の気配をナルトは感じ取った。
 足音は聞こえないが、探らなくても判る。
 その人は足元の落ち葉を、こそりとも音をさせずに、傍の地面へと降り立った。
「ナルト」
 無事だったか、と自来也は呟き、安堵の吐息を洩らす。木の根元に膝を抱えてうずくまり、顔を上げない相手を見おろした。
「……ごめん」
「謝ることはない。おまえは少しも悪くない」
「でも……ひでェ言い方、した」
「言いたいことは言え。黙っていられるよりはずっといい。ワシはいくらでも聞く」
 横に張り出した根の上に腰掛ける。
「今まで辛かったな」
「……」
 ナルトは押し黙る。


「オレ、自分が生まれてこなけりゃ良かったなんて、もう思ってねェよ」
「……ああ」
「そういうこと考えたことも、小っちぇえ頃にはあったけど、そんなんで落ち込んでんの馬鹿馬鹿しいってのも、今はよく分かってる。俺を認めてくれるみんなにも、わりィし」
「そうだな」
「でも、わざわざこの日に人に祝ってもらうのは、やっぱ違うってばよ。嫌なことがあった日だし、その原因がこの腹の中にいるっていう事実は、変わらねェ」
「……」
 そこまで聞いてようやく、何が噛み合っていなかったのか……重要な齟齬の在り処を、自来也は発見する。
 膝を抱えて小さくなったまま、ナルトは続けた。
「でも、年に一日の辛抱だもんな。オレ、こんくらいヘーキだってばよ」
 顔を上げないままで。


(違う)
(そういうことじゃない)
 根本的に分かっていない。
 ナルトはただ、本当に知らないだけだ。
 誕生日祝いの意味を。
 彼はおそらく今まで一度も、誰からも、きちんとした祝福を受けたことが、ない。
(知っていれば、この子は、こんなふうには言わないはず)


「あのな、ナルト」
 どう説明すればいい? はっきり言うしかない。
「おまえの誕生日を祝いたいワシの気持ちと、それは、九尾は……まったく関係ねーの」
「?」
 ナルトはようやく膝から顔を離した。こちらを振り向いて、視線を上げる。
「……関係なくねーだろ」
 何かワケの分らないコト言い出したぞ、とも言いたげな目だ。瞳は不信感をありありと浮かべ、瞼は面倒そうに細められたまま。
「いいや、関係無い。それはそれ、これはこれ、だ。おまえが生れて、こうして一年一年、生き延びて、大きくなって。今ここに一緒に居られることが、喜ばしく、おめでたい、という日なんだからのォ」
「んなことわかってるってばよ……」
「だから、切り離せ! ワシが、今日を良い日だと思うのは、ワシの自由だ。何にも邪魔されはしない」
 こんな普通は教えなくてもいいようなことを、わざわざ逐一講義しなければいけないのが、ナルトの難しさだった。
「……ふーん」
 こちらの言わんとすることが少しは伝わったのか、それでもまだ納得できないのか、ナルトは口をへの字に曲げたまま、渋々と唸る。
「そういう当たり前のことを、わざわざ盛大に祝うのが、誕生日っつー行事だ」
「……」
 今度は言葉もなく、再び俯いてしまう。
(今はこの辺で止めておくか)
「さ、宿に戻るぞ。用意が出来たら、今日は街に出る」
「ええっ!? 何で街だよ。昨日の術の続きは?」
「前から言ってあっただろーが。基礎練以外は一日休み! あらかじめ予約を入れてある店が何軒かあるからのォ。今日はそれを回る」
「……はーい……」
 今度はどこに連れて行かれるのだろう。腑に落ちない気分を抱えながら、ナルトはとぼとぼと師匠の後に従った。









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