バースデイ ...... 03
01 02 03 04 05 06 top






「店って、ここ?」
「おう、ここだ! 相変わらず美味そうな匂いがしとるのォ」
 一軒目は酒饅頭の専門店だった。重厚な看板は如何にも地方の老舗と言った感じで、そこには国内外の有力な大名諸侯たちの御用達の印が並んでいる。そしてなによりもナルトを驚かせたのは、
「すげー行列だってばよ!」
 相当な人気店のようだった。旅の途中、行列の出来るラーメン屋だったら何軒か攻略してきた二人だが、これほどの人数と長さの列にはお目にかかったことはない。店の前にはわざわざ行列用のスペースが取ってあり、その広い石畳の上を、列は五重六重に折れ曲がって続いている。
 長い時間待たせているのか、並んでいる人々には試供用らしき小ぶりの白い酒饅頭が配られており、皆それを頬張りつつ列が進むのを待っていた。
 酒饅頭を蒸す、酸味が混じった独特の香りと、小豆を煮る甘ったるい匂いが入り混じって、何とも食欲をそそる。
「いかにも人気のスイーツだのォ」
 自来也は上機嫌だった。朝はここまでナルトを連れて来れないかもしれない、とまで覚悟するような目に遭ったため、感激もひとしおだ。
「どーすんの?」
 並ぶのか? と聞いてくるナルトの眼前に、さっと一枚の札書きを取り出して翻す。
「予約してあると言っとろーが」
 自来也は迷いなく暖簾をくぐり、列の客を受け付けているのとは別のカウンターを訪ねた。若い店員の応対の後、すぐに女将らしき女性が出てきて、二人を案内した。
「奥へお進み下さい。蒸し上がりを御用意致しますからね」
 回廊を進むと、手入れの行き届いた上品な中庭へ出た。かなりの広さがある。木蔭や傘の差し掛けられた下に、赤い毛氈が敷かれた縁台が幾つも並んでいて、たくさんの客たちが思い思いの席に陣取り、茶や菓子を楽しむ姿が見えた。
 二人は案内されるまま席に着く。
 ナルトはそわそわと辺りを見回した。家族連れ、男女連れ、企業か組織の会合らしき壮年の男連れ、観光客の女性の集団……様々な層の客たちは、だが、一様に何やら盛り上がっている。酒を出す店でもないのに、この華やいだ雰囲気は何事だろう。何だか落ち着かない。
 間もなく、盆を持った給仕の女性が近寄って来た。
 茶を注ぎながらの会話が始まる。
「今日はどのようなお祝い事で?」
「コイツの誕生日でのォ」
「まぁ、お誕生日! それはそれは、おめでとうございます。お孫さまかしら」
 わははは、と自来也は照れ臭そうに笑って、否定しなかった。
「特別な日だから、ぜひここで、と思っての」
「御贔屓、痛み入りますわ」
 彼女は二人の手元に、蒸籠入りの饅頭が乗った木盆を置く。
「さぁ、こちらがご注文の当店自慢の特上紅白饅頭ですよ」
 どうぞ熱いうちに召し上がれ、と勧めの文句を最後に、女給は下がっていった。


(……なにこれッ!?)
 ナルトはそのあまりの大きさに目を剥いて声もない。
「どうだナルト、すげーだろ? ここの紅白饅頭は特別だ。今まで食べた酒饅頭が全部霞むような、この世のものとは思えない旨さだぞ。さぁ、食え」
「……すっ……げェー……」
 一つの直径は、ナルトの手を広げたほどもあった。膝の上に移動させた重箱はずっしりと重く、そもそも膝からはみ出して乗り切っていない。ほかほかと湯気を立てて、美味しそうに立ち昇る良い匂いには、むせ返るほどだ。
 ナルトは二つ並んでいるほのかな桃色と真っ白なその巨大なモノを、ごくりと生唾を飲みながらしばらく見詰めたあと、恐る恐る周囲を見回した。
 ここに案内されているのは、この特別な酒饅頭を注文した祝い事のある客だけなのだと、ようやく理解する。
「……」
 呆然と隣に座る自来也を見上げた。
 笑顔全開で、師匠は喋り続ける。
「甘いものがあまり得意ではないワシも、ここの饅頭だけはぺろりといけるのォ」
 確かに普段の彼は、酒のつまみになるような、塩辛いものの方が好みなのだが。
「しかしこの生地のきめの細かいこと。見ろ、艶やかな薄皮と、もっちりとしながらもふわふわな、絶妙の蒸かし上がり。コクがある甘みで、これほど大量でありながらも、さっぱりとした上品さ失わない極上の漉し餡! ……すばらしい」
 ナルトもさっそく手に取ってみる。饅頭は、見た目を裏切らない重さで、手首まで圧迫した。
「なんか……こんなスゲェの、ホントに食べていいのか……?」
「バーカ、おまえは四の五の言わずに、素直に喜んで食えばいーの!」
「う……」
 そんなふうに言われなくても、ここまで来て遠慮する気はない。こちらをじっと見詰めて表情を観察される視線が気になったが、熱さを我慢しながら、適当に千切って、口に放り込む。
 噛み含めて、味わってみれば、
「うめェ!」
 思わず感嘆の声を上げずにはいられなかった。
「だろう?」
 無邪気にもぱっと目を輝やかせた弟子に、自来也の笑顔も弾ける。
「これだけは、里を離れて旅に出てまでわざわざ食べに来る甲斐があるってもんだ。今日は絶対にここに来て、これを食べると前々から計画していてのォ。これ以上の祝いの日の過ごし方を、ワシは思い付かん」
 やっと……掴みどころのなかったものの一端を、ナルトは捕まえる。理解は、ゆっくりとだった。他の客がそれぞれの祝い事に興じる空気の中で、店員さんの純粋な好意による祝辞や、自来也の上機嫌に触れて、じんわりと、肌から染み込むように。
 美味しいものを咀嚼して胃の中で吸収するのと同時に、ようやく、文字通り、飲み込める。
 祝い事の、本当の意味。
「すっげーこれ、マジで旨い!」
 込み上げる歓喜と共に、賛美の言葉は溢れて止まらなくなる。
「だろう?」
 二人で、何度も同じ感想を繰り返す。
「なぁ、エロ仙人」
「なんだ?」
 饅頭は冷める気配がない。千切ってはあつあつのまま頬張り、振る舞われる茶の美味さにも舌鼓を打ちながら食べ進める。
「ありがと……」
「どうだ、解ってみれば意外と簡単なことだろう」
 ナルトは今度こそ屈託なく頷いた。
 でもこれは、実際に経験しなければ絶対に解かりっこないことだったと思う。
 実を言えば紅白饅頭というシロモノを食べたのも初めてだったナルトだ。
「うん、すっげェ嬉しいってばよ……」
 俯いて、微笑んで。思い直して、もう一度改めて笑って見せる。
「えへへ」
 大切なことをたくさん教えてくれる人。実際に体験させてくれる人。誰よりも大事な、この人の目の前で。
 彼が望むように、いつまでもこうして笑っていたいと。
 心の底から、願った。









禁・無断複写転載転用 リーストアルビータ