空の色を埋める ...... 01
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 暴風雨である。
 しかも五、六日は当たり前に続くと言う。
 南の海に面しているため、年を通じて蒸し暑いこの地方は、年に数回、大海の沖からやってくる強力な低気圧に覆われる。
 悪天候を見越して、自来也はこの宿を選んだらしい。広い湯遊び場が併設された温泉大浴場に加えて、遊技場や酒場飯屋の類も充実しており、確かに数日屋内で過ごすことになっても退屈しそうになかった。
 が、ナルトの興味の向かう先は、そのどれでもない。
 もちろん温泉は好きだ。
 好きだけど、自来也と温泉とどっちが好きかと問われれば、決まっている。
 

 昼食はラーメンだった。
 弟子の嗜好を慮って、自来也は時々、旅の道すがらにある御当地有名店にナルトを連れて行く。これは、他のメニューを御馳走するより遥かに安上がりで、相手を満足させられるお手軽な方法でもある。
 宿と大浴場を繋ぐ回廊には様々な飯屋が軒を連ね味を競っている。その一角に、都で評判の麺職人が支店を出していた。スープのダシやトッピングにも工夫がこらしてあって美味しい一杯に仕上がっている。
 しかし、旨いラーメンに出会えば出会うほど、ナルトの中のランキング最上位店は、郷愁も相まってますます揺るぎなくなってゆく。
「流行りの味もいいけどさ、やっぱ食べて育った味は違うってばよ」
 などと、知ったふうな口を利いて、自来也を笑わせる。


「なぁなぁエロ仙人、午後は何すんの?」
「午後はな……午前中の続きだ!」
「ええっ!?」
「なに驚いてる。当然だろうが」
 部屋へ戻ってくると、自来也はさっさと机に向かってしまった。
 二間続きの広い部屋だ。設えられた大きな座卓を、自来也は執筆専用に占拠している。
「おまえは勉強!」
「……。はーい……」
 返事はするものの、まったく気が乗らない。
 午後も構ってもらえそうにないと分かり、がっかりしてしまう。
「あのなナルト、小説の執筆ってのは、筆が乗った時に一気に書き上げねーといつまでも先に進まねーの。一段落したら相手してやるから、おとなしく待ってろ」
 さっきまではご機嫌だったのに、急に元気をなくしてしまった弟子の様子に、仕方なく声を掛ける。
「朝も同じこと聞いた」
 午前中は不平一つ言わずに我慢していたナルトだ。宥められると、却って反発したくなる。
 言いたいことはたくさん溜まっていた。
「なーんかオレばっか楽しみにしてるみたいで、バカみてェ」
「そんなことはない」
「だいいち、そんなのさ、書いたってさ」
「ああ? 文句あるか」
「文字になってんの読むより、ホントにする方が、ずーっといいじゃねーかよ」
「……アホぉ、おまえはまだガキだから分らんでも仕方ないが、そういう心や身体の機微を仔細に描き出すことで、人生とは何かを問うのが文学ってモンだ。その上で需要のあるジャンルにきちんと供給するのが、作家の大事な勤めでもある」
「フン、エラソーに。ガキだって言うんならガキ扱いしろってんだ」
「やたら絡むのォ、おまえ……」
「だってさ! だってさーぁ! それ書いてる間のエロ仙人ってば、その中のヒロインの女の子に夢中で、オレなんか放ったらかしでさ。だからオレってば、そんなの読んでもちっともおもしろくねーもの」
「……ナルト」
「なんだよ」
「それが、ワシが書いたもの読んでもつまらんつまらん言う理由か?」
「だからいっつもそう言ってるってばよ!」
「……そうか……」
「だからなに?」
「いや、いい」
 自来也はしばらく動作を止めて何やら考え込んでいたが、やがてこちらを振り向いた。
「こっちにこい、相手してやる」
「やったー!」
 手招きされて、いそいそと近寄ると、自来也は身体ごと後ろを向き、ナルトを正面から膝の上へと迎え入れた。
「えへへ」
 招かれるままによじ登り、銀髪を掻き分けて首筋に両腕を絡ませる。
 自来也は口元を綻ばせながら、しがみついてくる相手を懐に抱え込んだ。
 真正面の小さな頭を両手で包むように引き寄せる。
 ナルトは促されるまま口付けていく。唇で軽く食むように合わせ、少しずつ角度を替えて自来也の出方を窺う。
 が、すぐに唇だけの触れ合いでは物足りなくなったのだろう、親鳥に餌をねだる雛のように舌を欲しがって誘ってきた。
 ナルトの甘え方は遠慮がない。いつでも真っ直ぐ、全力だ。
 しばらくはそれに応えてあやしていたが、相手が次へと進みたがる前に、自来也は一旦押し止める。
「ん……」
「ナルト、ここまでだ」
 宥めるように背中を手の平で何回か撫で、縋りついてくる身体をゆっくりと、しかし断固として引き剥がした。
「え……なんで」
 目を見開いて、わけがわからない、という表情をする。
「今はこれだけ」
「ええええっ! ウソだろ!?」
「嘘じゃない、聞き分けろ。諦めて教本の続きを読め」
「えええ! これだけーーー!? たったの……ちゅうだけ!?」
「えーいうるさい。頼むからおまえ、今日は我慢しろ。これでも一応、出版社との付き合いもあるし、そこで付いてる購買層を疎かにする訳にもいかねーし、責任ある副業なんだからのォ」
「んなこたー知ってるけどさ」
「だったらこれ以上駄々こねるなっての。何度も言わんぞ」
 ナルトを畳の上に下ろすと、師匠はさっさと背を向けて、また机に向かってしまった。
「……」
 ナルトは恨めしげに広い背中を睨みつける。
 そこに追い打ちを掛けるように、
「そっちを読み終わったら、これの校正だ」
「えー……」
「文句言うな、どっちも嫌なら瞑想でイメージトレーニング。ほら、始め!」
「……わかったってばよ……」
 必要以上に、しょんぼりとした声になった。
 そう言われてしまっては、了承の返事をするしかない。









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