随分長い間集中して書いていた。一段落付いて、ほうっと一息、大きく吐息する。
強張っていた背筋を伸ばし、肩を回した。
これだけ快調に筆が進んだのは、何か月振りだろうか。いや、何年振りかもしれない。
(ここいる間は、少し頑張ってみるか)
この旅が終わる頃になっても一冊も出ない、なんてことにはならないようにしよう、というのが、自来也的副業の緩い目標である。
書いている間は、ナルトに退屈な思いをさせてしまうが、その分、嵐が終わって修行を再開したら、ペースを上げてとことん付き合ってやろうと思う。
(さてと)
昼過ぎには盛大にごねていた弟子だったが、その後は静かに過ごしていた。自来也が振り向くと、その姿は畳の上に転がっていて、微動だにしない。
一度温泉に入ると言って出て行ったが、長湯はしなかったようで、すぐ帰って来た。その後もつい先程まで、背後から紙をめくる音が定期的に聞こえていたのだが……。
近寄って声を掛ける。
「ナルト」
返事はない。
(寝ているのか)
(どうりで静かだと思った)
風呂上りの浴衣姿のまま、無防備に横たわっている。
本は読み終わったのだろう、傍らに投げ出されていた。書き終わって渡した分の草子紙にも、あちこちに付箋が貼られ、幼さの残る字で書き込みが為されているのが見える。
(どれどれ)
手に取り上げて改める。この作業にも慣れてきたのか、要領は掴めたようだった。
(これは捗るな。有り難い)
だが、伝えようにも、相手が眠っていては話にならない。
「おいナルト、起きろ」
軽く揺さぶると、眠りは浅かったのか、それほど間を置かずに反応があった。
身動きし、覆い被さって見おろしてくる陰に気付いて、半眼で見上げてくる。
「……もうメシ……?」
「ん? まだ夕餉には早いのォ」
「じゃぁ……なに?」
「区切りが付いたから、一応起こした」
「……あっそ」
そっけなく答えると、くるりと背を向けて、うつ伏せになってしまう。
相当機嫌を損ねているらしい。
覚悟はしていた。もちろん精一杯機嫌を取るつもりで声を掛けたのだが。
「待たせてすまんかったの」
「もういーよ……別に」
再び片目だけを上げ、細めた目で恨みがましくこちらをひと睨みしたかと思うと、
「わがまま全部聞いてもらえるなんて、ハナから思ってねーし」
と言って、また向こうを向いてしまった。
これは、かなり拗ねている。
自来也が常々、ナルトの望みは何でも叶えてやりたい、実際はそうも出来ないけれど、本当は、ゆるされるものならば、どんな物でも願いでも、何でも聞いてやって与えてやって甘やかしたい、と。そんなふうに考えていることを、この子は知っているのだろうか。
うすうす感じ取ってはいるだろう。
まぁ、身体に教えてしまった、というのもある。
でなければこんな台詞は出てこない。そういう拗ね方だ。
(可愛いヤツだ)
自来也は口元を緩めて、目の前の綺麗な金髪を指で梳く。
(さて、どうしたものか)
覆い被さったままの姿勢で、浴衣から覗く襟足に唇を寄せる。
「……んっ」
ナルトは鼻を鳴らして身悶えた。
「今、そういう気分にはなれないってばよ……」
嫌がって腕から逃れようとする。
「そうか。一応後で相手をすると約束したからには、誠意は見せたいと思ったんだがのォ」
「……」
律儀に聞こえる言葉に、心が動がされそうになるが。
(頭……重い)
深い考え事や、頭を使う作業への没頭は、ナルトに慣れない疲れをもたらしたようだ。
熱い湯に飛び込んだり、冷たい水をかぶったり、せっかく大浴場に行っても良い入り方をしなかったのも原因か。
(動きたくない)
身体は疲れていないのに、ぜんぜんその気になれない。
あんなに待ってたのに。
仕方なく、正直に訴えてみる。
「なんか……頭が重くて、カラダが動かねー」
「急に起こしたからな。悪かった」
殊勝に謝ってはいるが、耳を貸す気はなさそうだ。更に首筋に顔を埋め、口付けを繰り返しながら、畳と胸の間に手を差し入れてくる。
「も……っ、やめろって……言ってるのに」
が、自来也がその次に吐く台詞に、ナルトは顔を引き攣らせることになる。
「なに、こうしていれば、そのうち気分も良くなる」
「!!!」
がばっと起き上がって怒鳴った。
「アンタどこまで勝手な悪い大人だよっ!!」
「おお、元気出たか?」
「……逆」
すぐにぱったりと倒れて、再び背を向ける。急な動作に苦しくなった分、うう、と小さく呻き声を上げながら、
「却って萎えた」
すげない言葉で不機嫌を伝える。
「え」
あまりにも連れない言い草に、自来也はさすがに手を止めた。
と言っても、既にナルトの浴衣の胸元ははだけさせられ、不届きな手は胸から腰まで辿って伸びており、その指は帯の結び目に掛かろうとしている。
さすがに手が早い。と言うか早過ぎる。
しかし億劫なのは変わりない。
(しょーがねーなもー)
次の瞬間、自来也の眼下で、ナルトの身体はぽんっと音と煙を立てて変化した。
畳の上に舞い散る、長く伸びた豊かな金髪。柔らかい肌。
しなやかなで華奢なくせに、あちこちが豊満な少女の肢体が目の前に横たわるのも、今となっては見慣れた光景ではあったが。
「もーこれ以上動きたくねー……」
「ナルト?」
「あとは勝手に触って始めてて」
「おい、それはないだろう、のォ……」
(こっちのセリフだっつーの)
ふい、とそっぽを向く。
禁・無断複写転載転用 リーストアルビータ